ソバニイルカラ

小さなカトリック信徒のブログ

11月5日 聖ザカリアと聖エリザベト(洗礼者ヨハネの両親)の記念日

聖ザカリアと聖エリザベト(洗礼者ヨハネの両親)の記念日

新約聖書のルカ福音書では、エリザベトとザカリアは「二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった」と書かれている(参照 ルカ1.5-25)。

 彼らには、子どもができず、すでに2人は年をとっていた。そのころ、ザカリアに大天使ガブリエルが現れて、「エリザベトに子どもが産まれる。その子をヨハネと名付けよ」と告げられた。ザカリアは、その言葉を信じなかったため、預言が成就するまで話すことができなくなった。

 ヨハネが誕生すると、親類たちは、割礼を施し、父の名を取ってザカリアという名を付けようとした。ところが、ザカリアが「この子の名はヨハネ」という字を板に書いた。するとたちまち彼は話すことができるようになり神を賛美し始めた。これは、ザカリアの賛歌として知られている(ルカ1.68-79)。

 後の伝承によると、ザカリアはヘロデ王からヨハネの所在を尋ねられたときに、決して言わなかったために殺されたといわれている。

聖パウロ女子修道会(女子パウロ会)より転載

ルカ15・1-10 一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある

聖ザカリアと聖エリザベト(洗礼者ヨハネの両親)の記念日

アレルヤ、アレルヤ。労苦して重荷を負っている者はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを回復させよう。アレルヤ、アレルヤ。

福音朗読

ルカによる福音

そのとき、15・1徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。2すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。

3そこで、イエスは次のたとえを話された。4「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。5そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、6家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。

7言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」

8「あるいは、ドラクメ銀貨を十枚持っている女がいて、その一枚を無くしたとすれば、ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜さないだろうか。9そして、見つけたら、友達や近所の女たちを呼び集めて、『無くした銀貨を見つけましたから、一緒に喜んでください』と言うであろう。10言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。」

詩編105・3b+4+5、6+7+8a+10b 心を尽くして神をたたえ、すべての恵みを心に留めよう。

聖ザカリアと聖エリザベト(洗礼者ヨハネの両親)の記念日

答唱詩編

詩編105

105・3b神を捜し求める者よ、心から喜べ。
4神にその力を求め、いつもその顔を慕い求めよ。
5神が行われた不思議なわざを思い起こせ、
救いのしるしとさばきのことばを。

6神のしもべ、選ばれた者よ、
7神のさばきは世界に及ぶ。
8a神は契約をとこしえに守られる。
10bイスラエルのための永遠の契約。

フィリピ3・3-8a わたしたちこそ真の割礼を受けた者です。

聖ザカリアと聖エリザベト(洗礼者ヨハネの両親)の記念日

第一朗読

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

皆さん、3・3わたしたちこそ真の割礼を受けた者です。わたしたちは神の霊によって礼拝し、キリスト・イエスを誇りとし、肉に頼らないからです。4とはいえ、肉にも頼ろうと思えば、わたしは頼れなくはない。だれかほかに、肉に頼れると思う人がいるなら、わたしはなおさらのことです。5わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、6熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのない者でした。7しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。8そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。

11月4日 聖カロロ・ボロメオ司教の記念日

聖カルロ・ボロメオ司教の記念日

1538年-1584年

 カロロは、イタリア、ロンバルディア地方アローナの貴族の家に生まれた。パヴィアの大学で法学を学んだ後、1560年伯父の教皇ピオ4世からローマに招かれ、22歳で枢機卿、その後ミラノ大司教に選ばれた。

当時、教会や修道院は風紀が乱れていたので、カロロはその改革にあたり、司祭たちの教育の向上、貧しい人びとや病人の救済にも力を尽くした。ペストがミラノに流行したときも、カロロ自ら看護にあたった。

また、トリエント公会議中にも、教会の教義統一、特にミサ典書、要理の編纂に貢献した。
 カロロは、何か特別のことをするのではなく、自分の義務を賢明に果たすことによってキリストの道に従った。フランシスコ会、カルメル会の守護の聖人とされている。

聖パウロ女子修道会(女子パウロ会)より転載

 

ルカ14・25-33 自分の持ち物を一切捨てないならば、わたしの弟子ではありえない

聖カルロ・ボロメオ司教の記念日

アレルヤ、アレルヤ。キリストの名のためにののしられる人は幸い。神の霊があなたがたの上にとどまってくださる。アレルヤ、アレルヤ。

福音朗読

ルカによる福音

そのとき、14・25大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。26「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。27自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。28あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。29そうしないと、土台を築いただけで完成できず、見ていた人々は皆あざけって、30『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』と言うだろう。31また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、二万の兵を率いて進軍して来る敵を、自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、まず腰をすえて考えてみないだろうか。32もしできないと分かれば、敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、和を求めるだろう。33だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」

詩編27・1、13+14 神よ、あなたの顔の光を、わたしたちの上に照らしてください。

聖カルロ・ボロメオ司教の記念日

答唱詩編

詩編27

27・1神はわたしの光、わたしの救い、
わたしはだれもおそれない。
神はわたしのいのちの砦、
わたしはだれをはばかろう。

13神に生きる人々の中で
わたしは神の美しさを仰ぎ見る。
14神を待ち望め、強く、
たくましく、神を待ち望め。